CIRC報告書エグゼクティブサマリーの意訳

いまさらながらCIRC報告書をちょっと読んだので、エグゼクティブサマリーを意訳。超意訳。
http://www.uci.ch/mm/Document/News/CleanSport/16/87/99/CIRCReport2015_Neutral.pdf

はじめに

  • CIRCはUCIにより設立された。設立の目的は次のとおりである。「(1)自転車界にドーピングが広まった原因、(2)UCI等がドーピング問題に対して十分な調査を行ってこなかったとされる証言、に関して広範囲にわたり独自調査を実施する」

UCI

UCIがドーピング問題に対して不可解な対応をとったとの証言について
  1. 2001年のツール・ド・スイスでランスがドーピング陽性を示したが、隠滅のためUCIに金銭を支払ったとの証言があった。反ドーピング活動の名目で25000ドルが寄付されたが、寄付金とドーピング隠滅を結びつける証拠はない。
  2. ランスがVrijman調査に金銭を提供したとの証言がある。1999年のツール・ド・フランスでランスがEPO陽性だったとレキップ紙が2005年8月にスクープした。これについてUCIはVrijmanに調査を命じた*1。ランスは2005年1月に反ドーピングプログラムのために10万ドルをUCIに寄付すると申し出た。時期的に齟齬があるため、寄附によりVrijman報告に手心を加えたとは言えない。
  • ルールの捻じ曲げ
    • UCIはTUE*2ルールの適用に一貫性がない。ローラン・ブロシャールとランスの例が典型である。処罰を避けるために、日付をさかのぼって薬物使用認可の処方箋が作成された。
    • (ランスは2005年に一旦引退しており)出場に必要な一定期間のドーピング検査に登録していなかった関わらず、2009年のツアー・ダウンアンダーに出場を認められた。出場を認可したパット・マッケイドとランスがどのような話をしたのかは不明である。ただし次のような証言がある。(i)UCIスタッフが反対したにも関わらず、マッケイドは必要登録期間を13日短縮してランスの出場を急に認めた。(ii)ダウンアンダー出場を認められた直後に、マッケイドの関係者が主催するツアーオブアイルランドにランスが出場することが決まった。
  • ランス特別扱い
    • フェスティナドーピング問題が大きく取り沙汰されていたため、UCIはランスを自転車競技再興のリーダーにしようと考えていた。(自転車はヨーロッパが中心のスポーツであるが)ランスはアメリカ人であり新しい展開が期待できること、ガンを克服した経歴があること、メディアがランスをスターとして持ち上げたことが理由である。UCIのトップがランスを擁護したり特別扱いした例は数多く存在する。ランスにドーピングの疑いが強まった時期にもこの特別扱いは変わらなかった。ルール適用を除外したり、検査対象から外したり、擁護する声明を出したりした。2012年にUSADAがランスを告発したときにも同様であった。ランスに寄付を要請していたため、UCIは批判にさらされた。
    • Vrijman調査では、UCIは調査範囲をドーピング検査の手続きに限定した。これは表向きの説明とは逆であり、またVrijman氏の提案も退けたものであった。UCIとランスは報告書作成作業に強く関与し、報告の一部のみを公開するようにした。UCIおよびランスが関与したことは、公式には確認されていない。CIRCが入手した資料によると、UCIの目的は独自調査ではなく、WADAへの対抗措置とランスの擁護に重点が置かれていた。
UCIガバナンス
  • 1980年代からUCIは急速に拡大した。会長権限を強化したことにより、チェック機構が働かず独裁的な体制となった。内部統制機構に実質的な権限がなかったため、会長の意向はほぼそのまま通る状態であった。このような管理体制は、他のスポーツにおいても一部存在する。しかし、それは正当化の言い訳にはならない。
  • 透明性の欠如
    • UCIにおけるガバナンスの欠如を示す典型的な例は、前回の会長選挙である。2005年の選挙において、パット・マッケイドは、前会長ハイン・フェアブルッヘンとUCIから多大な支援を受けた。UCI委員から批判が出たものの、その声は握りつぶされた。2013年の会長選挙では、マッケイドは(本来は推薦資格のない)モロッコおよびタイの自転車協会から立候補の推薦を受けようとした。推薦資格があるスイスおよびアイルランド自転車協会が推薦を取りやめたためである。また、あるUCI委員が非公開報告書の中でマッケイドの汚職を告発しているが、同委員は対立候補者であるブライアン・クックソンに金銭援助したとの証言もある。これらの事例は、UCIのガバナンスに深刻な問題が存在していること、民主的プロセスが欠如していることを端的に示している。
    • 他にも、財政面(特にビッグプロジェクトでの支出および承認管理)において透明性および監視体制が欠如していることが明らかとなった。
  • 反ドーピングの影響
    • UCI首脳陣は自転車競技の拡大に注力し、自転車競技の名声を守ることを優先した。ドーピングは名声を脅かす問題であるとみなされた。反ドーピング活動を阻害するような指示がUCI首脳からあったとの証言も出ている。自転車競技がクリーンであるというイメージを作ること、ドーピング問題を小さく扱うこと、活躍する選手に対してはルールを無視して特別扱いすること、不正を告発する人に対してはおおっぴらに非難すること、他の機関と言い争いばかりしていたこと、などである。これらの行動は、UCIの信用度および自転車競技の名声を大きく傷つけた。ただし、ドーピング違反者が「クロ」のまま競技を続けているとUCI首脳陣が認識していたかというと、そうとは言えない。むしろ、UCIに組織的なチェック機構が備わっていなかったことが原因であると考える。そのために、厳格な調査や適切なルールの適用が行われなかったのである。
UCIの反ドーピング活動
  • 1992-2006
    • UCIはドーピング問題がどのようなものであるかよく認識している。また自転車競技にドーピングがはびこっていることは一般世間にも知られている。ハイン・フェアブルッヘンは1991年の会長選挙におけるマニフェストでドーピング問題について言及している。選挙後、ドーピング問題はUCIに責任があるとの方針を変えた。ドーピングは、一部の選手の問題であり、自転車界の体質ではないとしたのだ。
    • UCIはドーピング問題の重要性は軽視したが、ドーピング検査については強化を図った。最新の検査手法を導入するなど、ドーピング問題の最前線にいたことは間違いない。しかし、科学的側面だけの対策では不十分である。規定により選ばれた選手から、規定に則ったタイミングで、規定に則った方法でサンプルを採取し、規定の検査機関に送付することは基本中の基本である。しかし、このようなシステマチックな方法は実施されていなかった。ドーピング対策は選手の健康を守るものと位置付けられた。UCIが所有していた反ドーピング用のツールを見ても、健康配慮以上の対策は盛り込まれていない。ドーピング対策の大半は、単に検査するだけのものだった。ドーピング違反者探しは「魔女狩り」とみなされ、自転車競技のイメージを損なうものとして忌避された。
    • UCIは、薬物使用ではなく、薬物「乱用」を摘発対象とした。そのため、摘発に至ったのは氷山の一角にとどまった。薬物使用を減らす対策は存在しなかった。サンプル収集は予告され、競技者へは事前に通知され、検査立会人はいない、という規定であり、容易に検査をすり抜けることができた。一方では、ドーピング問題への取り組みを進めているとの対外的イメージ形成は進んだ。
    • UCIの反ドーピング方針は、UCIがドーピング問題に強く取り組んでいるとの印象を与えることに重点が置かれ、実際に反ドーピングが進んでいるのかについては重視されなかった。反ドーピングの最前線に立っているとアピールした。しかし、ドーピング問題の根源を明らかにしたり、反ドーピング戦略を率先して協議したりするために、できることは他にもたくさんあったはずである。そういった反ドーピング対策は、自転車競技発展のためには有害であるとみなされ、取り組まれることはなかった。UCIでは自己反省や活動検証などは行われなかった。本当の問題が生じた後も、この状況は同じであった。
  • 2006/2007-現在
    • 2006/2007年から現在までの期間は、着実な改善と、ドーピング問題に取り組む意思が成長した時期である。以前の規定は見直され、ドーピング違反者を検挙する方針に変わった。短期間のうちに重要な規定改定が行われた。競技外検査の導入、違反の疑いがある選手への検査強化、バイオロジカル・パスポートの導入、自転車反ドーピング協会(CADF)の設立などである。反ドーピング活動への資金援助も強化され、チームやイベント主催者から反ドーピングプログラムへの寄附も進められた。このような方策によって、選手の意識は大きく変わった。
    • このような改善にも関わらず、外部からの信用を得ることはできなかった。これはUCIのリーダーシップが欠如していたためと思われる。反ドーピング運営には妨害が入り、他機関とは論争が絶えず、危機的状況(ランス復帰の際にコンタドールと揉め事がありながらランスからの寄付を受け入れたことなど)でマネージメントが機能せず、ガバナンスに多くの問題があり、UCI首脳と選手が親密な関係を持っていたり(特にランス)、遂には2013年の会長選挙で破滅的なキャンペーンが行われてUCIの信用は地に落ちた。2013年に新体制となり、過去の過ちを犯さないよう取り組みがなされている。他機関との関係は改善され、CADFはUCIから独立した。しかしCADFの独立性はさらに強める必要がある。
    • 反ドーピングに終わりはない。あるレベルに達しても、次の戦いが待っている。反ドーピングの歴史は、違反者と摘発者のいたちごっこである。そのため、反ドーピング対策に必要なのは、検査手法の改良を続け、常に新しい対処戦略を検討し、反ドーピング関係者と協力体制を保ち、検査のルーチン化を防ぐことで、ドーピング違反者が対処できないようにすることである。現状ではUCIの反ドーピングプログラムは、他競技とくらべても最高レベルであるが、さらなる改良が必要である。

ロードレース

  • エリート選手レベルの反ドーピング状況は改善されている。しかしまだドーピングは存在している。近年はドーピングの拡がりは小さくなっており、またドーピングを当然とする状況は変わったため、ドーピングのメリットは小さくなったとの意見がある。しかし、自転車界におけるドーピング文化はまだ存在している。バイオロジカル・パスポートに対応するため、ドーピング使用者は「マイクロドーピング」に移行し、検出されない範囲内でドーピングするようになった。
  • これまではチーム内での組織的なドーピングがおこなわれていたが、現在はチーム外の第三者組織と協力した個人レベルでのドーピングがおこなわれている。エリートクラスでのドーピング検査は厳しいため、検査に引っかかるリスクを最小限にしながらドーピング効果を上げる処方が必要となっている。そこで医師が重要な役割となっている。
  • ドーピングしたくなるような状況はまだ存在する。財政基盤は不安定であり(チームは単一スポンサーに依存しており短期間で結果を出すようプレッシャーが強い)、選手はチームから離れて練習することが多いために個人ドクターとのつながりが強く(チーム外のドクターは規制が難しい)、ドーピング時代の選手が未だにクビになっておらず、(ドーピングの秘密を守る)血の掟は廃止されたが調査機関への協力にはまだ渋っている。
  • 反ドーピングを強く掲げるチームが生まれてきている。しかし、すべてのチームがそうであるとは言えない。究極的には、ドーピングしている選手は偽装能力が高いとも言え、反ドーピングを掲げることは簡単なのだ。結局は、適切な手順で権威ある機関がドーピング検査を実施することが、最も効果的である。UCIおよび他機関は、反ドーピングプログラム改善のための努力を続けることが必要である。

結論

  • 自転車競技でドーピングが蔓延していたことをUCIは認識していた。UCI首脳自身が反ドーピング方策を決めていた状況は、2000年代後半になってようやく変わり、CADFに権限が移された。それにより自転車競技を守る方策から、問題に正面から取り組む方策に移行することができた。他の競技と比べて、UCIは反ドーピング活動で進んでいると言ってよいであろう。しかし、ドーピング問題の大きさから考えると、信頼を得るにはまだ不十分である。新しい検査方法は導入されたが、2006/2008年以前に実施された方策の傷跡は大きい。UCI会長および首脳陣によるガバナンス欠如も信頼性を傷つけている。
  • ここ6年で明らかに改善は進んだ。しかしまだ改善の余地は大きい。反ドーピングを進めるためには、ガバナンスが不可欠である。良いガバナンス体制は自転車競技の信頼性向上にも繋がる。明確なルールを定め、公正な手続きを実施しなければならない。これからもドーピング問題に取り組んでいくためには、他機関とも協力した活動が必要である。
勧告
  1. ドーピング対策の一義的な責任はそのスポーツ界にある。政府は補助的な位置付けとなる。UCIは各国政府や関係機関と密接に協力し、彼らが所有する調査技術を利用させてもらい、他の政府にもそれらの技術を使えるように働きかけるべきである。
  2. ドーピング違反となった医師について、競技への関与禁止処罰を下すだけでなく、一般医療業務についても継続可否を審査できるようにすべきである。反ドーピング団体は、医師免許管理団体に連絡し、競技におけるドーピング違反があったことを通達すべきである。
  3. 関係機関に圧力をかけるための"Public Shaming(恥を公にさらすこと)"が数多く見受けられる。今回の調査で十分な証言が得られなかった事項、全く証言が得られなかった事項についても、反ドーピング機関がインターネットに晒している例がある。そういった行為は望ましくない。基本的人権の侵害であり、調査リソースが無駄になり、反ドーピング運動の信頼性を損ねることにもなる。WADA認定検査機関は秘密保持の義務があるが、反ドーピング団体についても証言の取り扱いについて秘密保持の義務を負うべきである。
  4. ドーピングの実体について広範な調査が必要である。様々な国、チーム、競技レベル(アマチュアを含む)、規範別に調査をおこない、ドーピングの浸透度を把握すべきである。これは効果的なドーピング対策を立てる際に役立つ。これまでの検査で得られた統計情報も利用できる。
  5. UCI/CADFは、「量」の調査から「質」の調査に移行すべきである。現状ではCADFは検査実施で手一杯である。しかし検査以外の方法に取り組むことも重要だ。ドーピング違反の疑いがある選手およびスタッフを対象とした周辺調査に取り組むことが必要である。特に競技期間外での調査が重要だ。
  6. 夜11時から朝6時まではドーピング検査が行われていないが、マイクロドーピングの温床となっている。比例原則は承知しているが、夜間の検査がおこなわれていないのは現システムの欠点である。ドーピング規則Article5.2(ドーピング違反の疑いが深刻な場合)の適用を広げ、夜間検査を進めるべきである。
  7. サンプルの再検査をシステムに組み入れるべきである。サンプルの再検査をシステマチックに、定期的に、新規分析手法が開発された時点で実施し、適切に公開するようにする。過去に遡ったサンプル検査を実施すれば、選手への抑制効果は強いものと考えられます。選手から提供されたサンプルは再検査を義務化する。
  8. 情報提供を進めるために、独立した内部告発の窓口を設ける。UCIは提供された資料を十分に活用する(処罰されたすべての選手に聴きとり調査を実施する)。
  9. クリーンな競技を作るためには、ドーピングの疑いが生じた時点で対象者への調査を開始することが有効である。過去にドーピングに関わった人物に対し、デュープロセスの原則*3に配慮しつつ、時効期間の延長も視野にいれて調査を実施すべきである。

*1:調査結果としては、ドーピング検査機関の検査体制に問題点があることを指摘し、薬物陽性の検査結果そのものが疑わしいとの報告であった

*2:治療目的の薬物使用認可

*3:比例原則。重大な問題には多くの時間をかけ、些細な問題には少しの時間をかける。